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氷室饅頭(ひむろまんじゅう)―その1

金沢の竹井先生から7月1日に氷室饅頭が届く

Himuromanju090701 「いとをかし」第5号の氷の特集ほか資料を竹井先生に贈る。メールでお礼状が届き、7月1日にあわせて「氷室饅頭」を送ったとのこと。かねてから、一度賞味したいと思っていた氷朔日にちなんだお菓子にめぐりあうことができました。

竹井先生からのメールには、氷室饅頭の由来について次のように記されていました。

 さて、もうすぐ7月1日がきます。金沢では、旧暦6月1日の氷室の日を江戸時代に庶民レべルを含めて盛大に贈答の風習や謡曲の会などの催し等で祝っていました。

Himuromanju09070102  新暦になって、7月1日が氷室の日として継承された祝いの日になっています。

 湯涌温泉の復元氷室による氷室開き(6月30日)や貯蔵雪の市長や知事への7月1日の献上などは、中島さんもお耳にされたことがあるかと思います。

 その氷室の日の金沢の風習に、氷室まんじゅうを食することが地元の方たちの間で一般的におこなわれています。娘の嫁ぎ先に贈る習わしがあったようです。

 歴史的には、明治時代に新保屋という菓子屋が、塩味の餡を使った麦鰻頭を7月1日限定で売り出したのが評判を呼んで、広まったという説があります。新保屋は明治末に廃業しますが、現在は普通の餡を用いた蒸し鰻頭(または酒鰻頭)に赤黄緑などの色をつけたものがこの時期限定で出回ります。

 鰻頭を氷室の日に食するという風習は、江戸時代の文献では確認できませんので、どの程度までさかのぼれるのか不明です。金沢周辺では、6月1日を歯固めの日とか煎り菓子盆として米や氷餅を食する風習が古<からあったそうです。このとき田植えの残り種米を煎って食べることなどから農事に関連していますので、氷室の日のお菓子の売り出しを考えた商売人が、新麦時期でもあるので麦鰻頭へと連想をつなげたのではないかと論ずる方もいます。

 ともあれ、この機会ですので、1 度ぐらいは、金沢の風習に触れていただければと思い、氷室まんじゅうを7月1日に届くように手配しました。ご迷惑でなければ幸いです。

 竹井先生ありがとう。おいしくいただきました。贈っていただいた氷室饅頭は、金沢の老舗お菓子屋さんの「雅風堂」製。白(こしあん)、赤(手亡てぼうあん)、緑(つぶあん)、茶(黒糖・こしあん)の4種類で、いずれもうまかった!写真下の氷室饅頭の説明書きは

氷室饅頭

加賀藩では、宮中の氷室節句のの故事にならい「氷室」の雪を六月一日(現在の七月一日)に将軍家へ献上しました。今では、暑き季節の無病を祈り娘の嫁ぎ先に贈ったり、ご家庭の土産となっています。七月一日は氷室の日です。

とあります。

 MANA(なかじまみつる)

 PS:これを機に、氷室饅頭について、手持ちの資料からその由来をメモにして整理しておくことにしましょう。

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