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両口屋是清の広報季刊誌「いとをかし」第5号「氷」特集に載りました

氷室から繙く氷の文化(川村和正)/江戸のアイスロード―献上氷を運ぶ飛脚たち(中島満)

Itookasi090701no5hyousi名古屋の老舗お菓子屋さん「両口屋是清」が発行する季刊「いとをかし」第5号(2009年夏号・7月1日発行)特集「氷」に、依頼され、氷についての文章を、奈良の川村和正さんと一緒に寄稿しました。

巻頭には、尊敬する荒俣宏大先生の「甘党男子の甘美な生活」というエッセイが載り、お菓子の伝統を支え続けてきた日本の食品製造技術や、伝統芸能やくらしといった文化を紹介する記事を併催し、夏のテーマとして「氷」を特集している。

同誌第5号の目次は次のとおりです。

「甘党男子の甘美な生活」荒俣宏

「通筥(かよいはこ)のつぶやき:寛永より十一代、笛方の流儀を伝承」藤田六郎兵衛

「越川禮子さんに聞く―『江戸しぐさ』に学ぶ共生の哲学」聞き手・篠田尚久(両口屋是清社長)

【特集】氷

  「氷室から繙(ひもと)く氷の文化」川村和正

  「江戸のアイスロード―献上氷を運ぶ飛脚たち」(中島満)

  「氷の神秘―中谷宇吉郎が残したもの」(神田健三)

  「清冽な水に幾度も晒して生まれる白いダイヤ『吉野葛』」黒川重之

「野尻吉雄の美しきこと―暑さに耐えて、涼を遇する」野尻吉雄

「あなたにとって和菓子とは?―赤井勝・石田節子・宮澤やすみ」

「立札(りゅうれい)の和菓子」

「左党オヤジの甘口入門―雪室で醸される『岩の原ワイン』と夏の和菓子」谷浩志

同誌を購読希望の場合は、両口屋是清各店及び本社(名古屋市中区丸の内三丁目14の23:電話052-961-6811)に連絡すればバックナンバーともに送ってもらえます。

MANAの記事は、「本文(続き)」に載せておきましたので、読みたい方はどうぞ。

MANA(なかじまみつる)

Itookasi090701no5edonoiceroad 江戸のアイスロード―献上氷を運ぶ飛脚たち

中島 満(フリーライター)

 暑い夏には、キーンと歯に染みるようなカキ氷がなによりのご馳走です。氷削り器からガラスの器にシャカシャカと雪のように落ち、氷の山のてっぺんを食べやすいように押しつぶします。氷イチゴや氷レモンの赤や黄色のシロップの色、風になびく氷旗は夏景色そのものです。

 現代、氷はいつでも手に入ります。しかし、氷を庶民が夏に使えるようになったのは、明治維新以後のことで、雪国から遠くはなれた江戸では氷を利用できませんでした。

 雪国北越の有力大名加賀藩が将軍家へ、旧暦6月1日に氷を献上する行事がありました。

「六つの花五つの花の御献上」

という川柳があります。

「六つの花」は雪の結晶の形から「雪塊」を指し、「五つの花」は前田家家紋から「お雪献上」を意味します。

 江戸の四季を図入りで記した斎藤月げっ岑しん『東都歳時記』には、この日を

「六月朔ついたち日 氷室御祝儀( 賜氷しひょうの節)。加州侯御藩邸に氷室ありて今日氷献上あり」

とあります。
 この日は「江戸城大奥」で献上氷を御台所から女中たちにひとかけらずつ分け下されたそうで、この下賜を楽しみにしていた記述が残されています。

Itookasi090701no5morihimuronosekkuz  夏氷を利用する文化は、古代中国から朝鮮を経て奈良時代の律令に定められていました。この賜氷制度は、長い歴史的空白期をおき、江戸時代に加賀藩の幕府献上氷として復活しました。金沢から江戸まで飛脚たちが氷を運んだ道を「アイスロード」と呼んでいます。

 昨年、わたしの氷の文章に関心を示したテレビドラマ制作会社のかたが、現代の若者向けに、氷を運ぶ飛脚たちに焦点を当て「タイムスクープハンター、お氷様はかくして運ばれた」という番組をつくり、NHK「番組たまご」の時間枠で放映されました。隠れた歴史的事実を、沢嶋雄一(要潤)がタイムスリップして飛脚たちに同行取材するという筋立てです。

 江戸時代の飛脚という運搬人のふんどし姿のいでたちや、昼夜駆け続け「六月朔日」の行事に間に合わせようという使命感を表現した臨場感あふれる映像が若者の感性に届いたのか、4度も再放送されました。

 夏迎えの一日の消えかけていたアイスロードをめぐる江戸の歴史話が、現代の若者たちの口コミに乗ってホットな話題に育ったのでした。

MANA【注】本文に挿入された図像は、編集を担当しているオフィスノベンタの高井さんらスタッフがこの図がよいでしょうと選んでくれたものです。ゲラ刷りを見て、びっくり仰天。氷業史、なかでも氷の文化史のジャンルを取材し続けて、この森一鳳の「氷室の節句図」という画の所在が不明であり、さがし続けていた作品だったのです。もともとは、金沢の冷蔵庫会社の所蔵ということがわかっていたのですが、この絵だけは、手放してしまったのか、白黒画像として記録に残っているだけであったのです。それが、ネット検索をかけて探し当てたといいますが、静岡県立美術館の富士山の絵のコレクションに加えられていたのです。キャプション:森一鳳「氷室の節句図」(19世紀後半)に描かれた、富士山を背景に氷を運ぶ人々。加賀国や富士から江戸へと氷が運ばれていたことを物語る。静岡県立美術館蔵。

本ブログでも書いてきたとおり、ふとしためぐりあいによって「タイムスクープハンター」というNHKの放送された作品ができあがり、そして、その放送が好評で、何度もの再放送によって「加賀さまのお氷」「氷を運ぶ飛脚」たちに、現代の若者たちが関心を寄せ、そのことを、小文ながら、まとめました。それがきっかけとなって、さがしていた一枚の氷運搬の日本画の発見に結びついたのでした。

氷特集のトップに載る、同じ氷をジャンルに勉強し、情報交換を続けている川村和正さんともども、この季刊誌発行先及び編集スタッフにお礼申し上げます。

MANA(なかじまみつる)

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