味探検286回(街道180回):東京新聞2002年8月29日掲載
中禅寺湖畔で見つけた絶品ニジマス定食
日光市・たびや食堂
「湖に棲む7種のマスたちを次の世代の人に残していくのが仕事」と、中禅寺湖漁協の組合員であり、湖畔で「たびや食堂」を営む伊藤昇さん。
フライフィッシングを日本に持ちこんだハンス・ハンター(範田範三郎)補注(1)は、「余分な魚はとらない自然を守る心も地元に残してくれた」と伊藤さん。
「たびや食堂」には、メニューにあっても、めったに口にできない幻のメニューがある。「ヒメマス定食」だ。海に下らず湖で育つベニサケがヒメマス。9月19日までの漁期中、伊藤さんが釣りあげた1日数匹が定食になるだけ。補注(2)
幸運にも取材日3匹あった1匹の恩恵に預かることができたのだが、こんがりじっくり焼き上げたヒメマスのムニエルを「うちじゃあ定食で通している」と飾らない店の雰囲気がたまらない魅力だ。
めったに食べられない幻料理にかわる定番メニューが「ニジマス定食」(写真上・1500円)だ。
いつでも食べられるように養殖ものを使っているが、ご主人の丁寧な下処理と調理によって、これが養殖魚かと思いまごうほどの絶品の味に仕上がる。
「下揚げした油は捨て、腹にまでしっかりと油を回し込み、ワインで香り付けしてバターでこんがりと焼き上げる」のがポイントとか。
釣り自慢たちに知られたカツ丼やラーメン、秋からは伊藤さんが投網で獲るワカサギ定食と、一度食べたら忘れらない味に出会えることだろう。(©MANA:中島満)
○「たびや食堂」
日光市中宮祠2478。東武・JR日光駅下車。駅前バス乗り場で湯本行きバスで「遊覧船発着所」バス停下車、120号国道湖畔添いすぐ、のれんが目印。営業時間午前9時~午後4時頃。定休不定(12~3月は日曜定休)。電0288-55-0244。
○注意:記事内容は、取材・掲載時(2002年8月29日)のものです。
○補注(1)ハンス・ハンター:「明治中期から昭和初期、国際色豊かかな避暑地日光を舞台に、トーマス・グラバー、ハンスハンター、そして駐日外交官や東京倶楽部の紳士たちが繰り広げた鱒釣り物語」を記した『日光鱒釣紳士物語』福田和美著(山と渓谷社、1999年刊)に詳しい。
○補注(2)取材メモ:まぼろしの「ヒメマス定食」を味わう:ヒメマス増殖の歴史と中禅寺湖漁業史メモ
東京新聞味探検の記事(2002年8月29日掲載)で書いたヒメマス定食について、「まぼろしのメニュー」と書いたが、まぼろし故に、いつでも食べられると読者に勘違いされると、お店に迷惑がかかるので、一年中メニューにある「ニジマス定食」を中心に書かざるをえなかった。何がまぼろしなのか、中禅寺湖のヒメマスについてちょっとメモとして書いておこう。
●陸封型のベニザケ=ヒメマス
マス釣り好きやサケ科の魚に詳しいひとならヒメマスの何たるかをご存知だろうが、ヒメマスと聞いて、どんな魚かすぐわかる人はそうはいないはず。身の赤い、ベニザケならご存知でしょう。ひとことで入ってしまえば、「陸封型のベニサケ」がヒメマスである。それじゃあ、「陸封」とは何か。
サケ科の魚たちのことを、海で育ち川を遡る性質をもつ「遡河性魚類(さっかせいぎょるい)」として表現することがあるが、一般的には、川で孵化(ふか)した稚魚が川を下り北半球の場合には北方の海を回遊して成長し、親魚となって生まれた川に産卵のために戻り遡って産卵し、一生を終える。こうした海洋依存の強い生活史をもつものを降海型と呼ぶ。
ところが、いろいろな事情で海に下ることなく、あるいはダムなどで下れなくて湖やダム湖などで海に見たてて成長し、その湖に注ぐ河川で産卵をする生息環境で生育する場合を「陸封型」あるいは「河川生活型」というばあいがある。
もう一つの分類として、一部の雄だけが川に残り成熟する「河川残留型」と呼ばれるものもいるが、これらの分類ですべてサケ科の魚たちを分類できるわけではないほど、サケ科の魚たちのの生活史は多様な形をもつ。
同一の種で、一般的に降海型と陸封型(河川生活型)によって名称を変えるものをあげると、
<降海型>=<陸封型・河川生活型>
ベニザケ =ヒメマス
サクラマス=ヤマメ
サツキマス=アマゴ
アメマス =エゾイワナ
をあげることができる。
詳細なサケ科の分類については、水産庁の独立行政法人「サケマス資源管理センター」
http://www.salmon.affrc.go.jp/zousyoku/syurui.htm
が参考になるので、そちらをご覧いただきたい。
●日本列島で生き残ったベニザケの子孫がヒメマス
ベニザケは、現在日本には自然の状態で遡上する河川は存在しない。北太平洋では、千島列島以北、アメリカ側では、カリフォルニア州以北の、上流に湖を持つ河川に遡上する。そう、サケ科の魚のなかでもベニザケは、河川上流域で孵化した稚魚は、中流から下流域の湖で一定期間生息し、その後大海にくだり遡上する。また遡上してきたベニザケも、シロサケのように、川に入ったらまっしぐらに産卵場のある上流域に遡上するのではなく、産卵するまでの一定期間河川の途中にある湖で一呼吸おいて遊んでいく習性をもつといわれている。
ベニザケは、どんな河川にも遡上するのではなく、このように一定の広さのある湖の存在が必要なのだ。夏でも10度C前後の冷たい水が生息に必要な条件を供えた河川は、はるか昔の日本列島の北部、北海道エリアには存在していたとされるが、やがて地球の温暖化が進んで、日本の河川にはベニザケは遡上しなくなってしまった。
しかし、北海道の網走川上流のチミケップ湖(津別町)と阿寒湖(釧路支庁阿寒町)の2つの湖には、ベニザケの陸封型であるヒメマスが生き残った。はるか昔のこと、二つの湖を含む河川は、おそらく地殻変動、隆起等の何らかの原因で海と遮断されてしまったのだろう。その時、湖で海にくだるまでの一定期間を過ごしていたベニザケの子供たちは、陸封され、2つの湖だけを生息地として何代も何代もの子孫をのこしてきた。
この2つの湖がヒメマスの日本における原産地となっているのだ。
●十和田湖や中禅寺湖に移植されたヒメマスの歴史
こうして幸運にも日本に生き残った子孫であるヒメマスを、チミケップ湖と阿寒湖に似た環境の湖に移植してみようという試みが実行に移されることになる。
以下 Sorry Under Construction
●日光編取材中に、地元のいろいろなかたから日光ならではの味についての情報をいただいた。
●上の写真は、東京新聞記事では載せられなかった、ヒメマスの剥製をみせてくれた「たびや食堂」ご主人の伊藤昇さん(上)と幻の「ヒメマス定食」(下)。
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