宮古島DS訴訟の決着―沖縄からの二つのニュースに注目

「美ら海協力金」の仕組みに期待しよう

【「里海」ブログの再録】

先月のある日、二つの漁業権にからんだニュースが、沖縄から届きました。まず、第一が、宮古島周辺海域で10数年間も係争が続いていた、地元漁協・漁業者と、ダイビング事業者とのあいだのダイビングスポット設置とその利用にからむ問題が、決着をみた、というニュースでした。「里海」ブログの再録

もう一つは、西表島の網取湾というほとんど未開発で、手付かずの自然環境がのこされた海域に、真珠養殖会社が真珠養殖漁業権設定の手続きを県に対して行ったことに、懸念をいだいたハゼの魚類学研究者からの情報でした。

いずれも、大型の地域開発がからむわけでもなく、全国ネットの情報には全くのることもないので、よほどの沖縄通か、専門の研究者以外、東京や本土に住むかぎりは、まったく知ることなく過ぎ去ってしまう特殊な地域限定マメネタ扱いのように思われがちです。ところが、この背景を探ってみると、海の利用と管理を考える上で、現代もっともホットな最先端をいく課題を提供している情報であることがわかってきます。Miyakodschuraumikyouryokukin

まず、宮古島DS問題の決着について簡単にレポートしておきます。ことの発端は、1997年にさかのぼります。宮古島エリアでダイビング事業を展開していたダイビング業者に対して、地元漁協の一つである「伊良部町漁協」の組合長らが、ダイビングの全面禁止等の仮処分申し立てを地裁宮古支所に行ったこと、でした。もう、それから10数年、漁業者とダイビング事業者との間で、何度もの裁判が繰り返され泥沼化を呈してきた事件ですから、どのような解決をしたか、とても重要なテーマを提供してくれることになりました。

どのような解決をしたのかだけを、先に書いておきます。

昨年半ば、地元漁協の役員改選が行われ、関係漁協の組合長らリーダーが交代し、地元漁業者とダイバー事業者とのあいだでの前向きな話し合いが、ようやく行われることになったのです。そうして、昨年末、約1年間をかけて、宮古地区三漁協と観光ダイビング事業者団体とで構成される「宮古地区海面利用協議会」で基本合意ができました。そして、今年の2月16日に、「宮古地域における海面の調和的利用に関する指針」(ガイドライン)が締結されたのです。このガイドラインにもとづき、「宮古地区海面利用連絡協議会」が設立され、愛称を「美(ちゅ)ら海連絡協議会」とし、「宮古地区における海面利用のありかた、海洋環境保全、観光ダイビング事業の振興、海洋資源保護培養等のために、海の利用者に対し《美ら海協力金》500円」(添付画像がその領収書にあたります)を負担してもらう「美ら海協力金」制度が、3月以降実施されることになりました。

以下に、ここまでに到る長い経過を触れておきます。私は、この宮古島DS訴訟については、それよりも数年前から問題化して、同じく訴訟になっていた、静岡県沼津市大瀬埼沖合いのDS裁判との関わりから、ずっと関心を持って取材を続けてきました。

大瀬埼DS裁判は、地元漁協が設置したダイビングスポットを巡り、一ダイバーが、漁協を相手取り、ダイビングをするために地元漁協に支払う「潜水利用料」(潜水券購入代金1回340円)の法的根拠と、違法に基づく徴収であるから、これまで支払ってきた料金の返還を求めて静岡地裁沼津支所に提訴した裁判(「大瀬埼DS裁判」)です。

漁業権の法律的な性格を裁判所が判断をすることになるなど、潜水利用料という、海を利用するダイバーが支払う利用料金について争われた裁判は、これまでほとんど判例のありませんでした。それだけに、この裁判の審議過程、判決から、新しい海の利用をめぐる課題が見えてくる訴訟事件として注目してきました。このテーマに関心を寄せていた法律の専門家や研究者、漁業関係者らのあいだで、勉強会を行い、その結果を、2006年に『ローカルルールの研究―ダイビングスポット裁判検証から』(海の『守り人』論パート2)として1冊の本にまとめてあります。詳細を興味がある方は、それをお読みください。

簡潔に、この二つの裁判の特徴と、その判決の内容(結論のみ)だけを示しておきます。

A)大瀬埼DS裁判:1993年提訴~地裁・高裁・最高裁・高裁差し戻し審の4度の判決で、2000年漁協側勝訴で、2001年判決確定。:確定判決の骨子は「漁協が設置したDSを利用する際に漁協に支払う潜水利用料は、漁業権侵害の対価としての性格を持つとも考えられ合法であり、原告のダイビング愛好者の請求を棄却。」漁協勝訴、ダイバー敗訴。

B)宮古島DS訴訟:1997年伊良部町漁協がダイビング事業者らに対し、「漁業権」水域内でのダイビングを妨害排除請求権にもとづきダイビングスポットの全面禁止を求めたもので、地裁、高裁とも、漁協側敗訴、ダイバー側勝訴。最高裁で2002年漁協側の控訴棄却し、判決確定。しかし、以後、損害賠償に関する民事訴訟が継続。

大瀬埼DS事件では、漁協が勝ち、ダイバー側が負け、宮古島DS裁判では漁協が負け、ダイバーが勝つという、ごく単純に一勝一敗の見かけの判断をしがちですが、そうではありません。この二つの裁判は、同じように漁業者とダイバーの対立があり、「漁業権」の性格について判断を求めている、という図式から成り立っているように見えますが、実は、根本的に、もともと、それぞれ海域における海の利用ルール実態が異なっていたのです。

つまり、こうです。

A)大瀬埼DS設置海域:地元漁業者と漁協と、ダイビング業者とダイバーとの間に、地域自治体も介して、ながい話し合いの末に、それぞれ関係者の合意に基づきDS利用水域と利用料支払いの地域ルールが作られ、円滑に機能していた。→ダイバーが安心して利用できる水域になっていた。→海域の利用と管理について安定性の存在。

B)宮古島DS係争海域:地元漁協とダイビング事業者との間に双方の話し合いによって合意した地域ルールができていなかった。→漁業者のリーダーによる一方的な原則ダイバー排除の考え方と、漁業者主導による利用料の設定などの実態がある海域であった。→つまり、ダイバー(一般的な海のレジャー利用者)にとって、安心して利用できる水域ではなかった。→海域の利用と管理についての安定性の欠如。

違法性のない海の利用について考える限りにおいては、地域で合意して安定的に機能しているルールの存在の可否が、一方で「漁協側勝訴」、一方で「漁協側敗訴」の裁判官の判決が導かれたという背景が存在しているのではないかという仮説に基づく「実態」に着目しようと考えたのです。この、安定した地域の合意に基づいて形成されたルールを「ローカルルール」と呼ぼう、という提案が、前述した「ローカルルールの研究」の導き出した結論の一つででした。

そして、宮古島の10数年もの永い係争の歴史が、昨年6月の地元漁協のリーダーの交代によって、地元漁業者とダイバー事業者とのあいだでの前向きな話し合いの場作りがようやく出来上がり、昨年末、約1年間かけて、宮古地区三漁協と慣行ダイビング事業者団体とで構成される「宮古地区海面利用協議会」で基本合意ができ、今年になって、2月16日に、「宮古地域における海面の調和的利用に関する指針」(ガイドライン)が締結されたのです。

このガイドラインにもとづき、「宮古地区海面利用連絡協議会」が設立され、愛称を「美らうみ連絡協議会」とし、「宮古地区における海面利用のありかた、海洋環境保全、観光ダイビング事業の振興、海洋資源保護培養等のために、海の利用者に対し《美ら海協力金》500円」を負担してもらう「美ら海協力金」制度が、3月以降実施されることになりました。

地先の海の利用が、安定的に、そして安全に実施されるということの前提には、前述したように、地域の関係者どうしの合意に基づく自主的に創出された「ローカルルール」の存在が前提になると書きましたが、宮古島の海にも、こうして、また、一つ。、宮古島方式による「美ら海協力金」制度という「ローカルルール」が誕生し、これから、育っていくこととなったのです。

詳細な内容は、別信にてまた書くことにします。次に、西表島網取湾でおきた真珠養殖漁業権設置の問題をレポートしましょう。(続く)

By MANA:なかじまみつる

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宮古島DS裁判第三次訴訟高裁判決出る

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200610201300_08.html

沖縄タイムス/2006年10月20日(金) 朝刊 31面 

【記事タイトル】双方の請求退ける/伊良部漁協・ダイビング訴訟

【記事内容】伊良部町漁業協同組合と地元ダイビング業者が漁業権と海域の使用権をそれぞれ主張し、互いに損害賠償を求めていた訴訟の控訴審で、福岡高裁那覇支部は十九日、「両者に具体的な損害は認められない」として、双方の賠償請求を退ける判決を言い渡した。
 一審・那覇地裁は、ダイビング業者側の請求を一部で認め、漁協側に計六百五十五万円の支払いを命じていたが、同支部は「漁協の妨害行為によって顧客に返金したなどの具体的な立証はなく、損害の発生は認められない」として、判決の一部を取り消した。
 小林正明裁判長は、漁協側の損害についても「具体的に確定できない」と指摘。「海での出来事という性質上、損害の立証が困難なため、事前の協議で紛争解決するのが望ましい」と述べた。
 同海域では、漁協側がダイビング業者や客をもりで威嚇したり、海域から退去を求めたりする「監視活動」を行い、これに反発する業者側と対立が深まっていた。

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「ローカルルールの研究」発行しました

新刊の紹介 その1

里海叢書1 海の『守り人』論2
ローカルルールの研究
―ダイビングスポット裁判の検証から―
佐竹五六・池田恒男他著

2006年6月12日発行
A5判並製424頁
定価[本体5000円+税]

○海や川はだれのものだろう?
○海や川や湖=水系の管理主体はだれが担うのが良いのか?
○「入会(いりあい)」や「総有(そうゆう)」って「共有」とはどう違うの?

 海の『守り人』論で展開した漁業権や地先権の役割を、さらに現代の地方の時代というテーマをふまえ一歩進めて「ローカルルール」の考え方を提案します。
 海や水辺の利用と管理のメカニズムを「漁業(生業)的利用」「入会的利用」(農林漁業という産業としての暮らし)システムと「市民的利用」(人々の海・森・山・川へのアクセス)がおりあいを付けながら自治的に地域社会のルールを作り上げている実例をダイビングスポット訴訟という10年間続いた裁判判例と漁業権・入会権の成立過程の検討を加え導き出した。なぜ「漁協勝訴」なのか、その司法判断が導き出される過程の解明により、里海・里山利用やまちづくり、環境行政等にも影響をあたえるかもしれない斬新な実践論の書として読んでもらえれば著者一同の本望です。

◎掲載内容(目次)◎

Ⅰ 論文集

第1章 佐竹五六 総論

1-地先海面のレジャー利用をめぐる紛争と漁業法

  • ①問題の所在/②「法」ないし「権利」の観念が持つ二つの側面―実定法上の権利と現実に人々の意識を支配し、行動を規律している「社会的ルール」上の「権利」/②明治漁業法下における「実定法上の漁業権」と「生ける法上の漁業権」のギャップ―漁業法におけるギャップは何故発生したか―/④当面する課題と沿岸漁業を取り巻く社会的経済的環境/⑤如何に対応すべきか

2-書評「海の『守り人』論」を読む

3-共同漁業権は「入会の性質を失った」のか

第2章 池田恒男 判例評釈

  1. 共同漁業権を有する漁業協同組合が漁業権設定海域でダイビングするダイバーから半強制的に徴収する潜水料の法的根拠の有無(東京高判平8・10・28)(大瀬崎ダイビングスポット訴訟・東京高裁判決評釈)
  2. 共同漁業権を有する漁業協同組合が漁業権設定海域で潜水を楽しむダイバーから徴収する潜水料の法的根拠の有無(大瀬崎ダイビングスポット訴訟・上告審判決及び差戻し控訴審判決評釈)

第3章 田中克哲 マリンレジャーとローカルルール―DS訴訟事件

第4章 池俊介・有賀さつき 伊豆半島大瀬崎におけるダイビング観光地の発展

第5章 上田不二夫 宮古島ダイビング事件訴訟

第6章 浜本幸生 補論

 ①渡船業者及びダイビング事業者と漁協との紛争にかかる判例
 ②漁業権消滅後の漁場に生じている事態

Ⅱ 判決・資料集


(1)~(5)大瀬崎DS裁判―静岡地裁沼津支部判決(一審)/東京高裁判決(控訴審)/最高裁控訴審上告理由書/最高裁判決/東京高裁判決(差戻審=結審)
(6)~(9)沖縄伊良部島D裁判―那覇地裁平良支部判決(一次訴訟)/那覇地裁平良支部判決(二次訴訟)/福岡高裁那覇支部判決(二次訴訟控訴審)/最高裁判決(二次訴訟結審)

あとがき 中島満―徳島牟岐・和歌山すさみ・岩手県宿戸・東京湾お台場の事例から

○著者の現在所属
佐竹五六(全国遊漁船業協会会長・元水産庁長官)/池田恒男(龍谷大学法学部教授。元東京都立大学法学部教授)
上田不二夫(沖縄大学法経学部教授)/田中克哲(ふるさと東京を考える実行委員会事務局長)/池 俊介(早稲田大学教授・元静岡大学教育学部教授)/有賀さつき(静岡大学教育学部卒)/浜本幸生(故人・元水産庁漁業法制担当官)/中島満(ライター・漁業史研究家・季刊里海編集同人)

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