うしぬすっと
年頭丑魚尽くし「うしぬすっと」
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。毎年恒例の年頭の干支魚エッセイをご披露いたします。
干支「牛・丑」にちなむ魚の名称がどのくらいあるだろうか。思いつくままにあげてみよう。
ウシノシタは、牛舌魚と書いてウシノシタカレイ、クツゾコ、シタヒラメのこと。靴底、牛の舌といい、どんな魚かすぐ連想がつく。クツゾコは有明海の特産、シタビラメといえばフランス料理の高級素材となる。
ドジョウをウシドジョウともいう。ウシサワラは、全長2メートルにもなる大型のサワラの一種。オキサワラということもある。味は大味のため商品性は劣る。漢字では「牛馬鮫」。なんという複雑な表現であろうか。
ゴンズイは、権瑞と書くのが普通のようだが、「牛頭=ごず」からの転化という説もある。牛の頭をした地獄の怪物が牛頭。牛頭馬頭(ごずめず)という馬の顔をした化け物と一対でもののけとなって人間と付き合いをする。背鰭と胸鰭に毒を発する棘(とげ)を持ち、形態もさることながら、棘に触ると腫れるなど毒魚のイメージも、牛頭魚と呼ぶ起源かもしれない。
このほか、ウシはつかないが、その姿形から漢字をあてて牛尾魚(あるいは牛魚)がコチ、エイの仲間(いずれも細くて長い尻尾状の形をしている)というのも納得がゆく。
さらにコイ科の淡水魚ウシモッゴなど探せばもっとでてくるだろうが、極めつきの「牛」つき魚名は、なんといっても「ウシヌスット」である。
「牛盗人」とは、なんとも物騒というか、ユーモラスな名を付けたものだ。ウシザワラやゴンズイの場合もそうだが、牛や馬という名前が俗称に付くと、のっそり、どんちょう、ばかでかいなどなど、あんまりほめられたいいかたにはならないようである。
ウシヌスットとはどんな魚なのだろう。
なんのことはない、子供時代に川遊びの相手をしてくれたドンコのことであった。ハゼ科のカワアナゴ、ドンコ、およびカジカ科のカジカを混称して「ドンコ」と呼んでいるが、このなんともユニークな名前が和歌山、岡山における地方名になっていたのである。
ドンコは、漢字で書けば杜父魚、鈍甲、鈍魚となる。ドンコの同名異称に、ドロボオとする(琵琶湖周辺)呼び方があったり、まったく種は異なるカジカにも地方名で共有したりする。
数年前仙台に、ハゼのジュズコ釣りという鈎を使わずに釣り上げる漁法を取材したことがある。ゴカイを糸でとおしてリング状にすると自然によれて小豆大のコブがいくつもでき、このコブをのみこんだハゼを引き抜く漁師さんのみごとな技に関心した。そのとき仙台ではマハゼをカジカ、カツカと呼ぶことを知った。ジュズコ釣りは、もともとは鰍釣りといっていた。さらに、本命の魚の餌を横取りするダボハゼのことをドロボウカツカともいうそうである。
ウシヌスビトは、広辞苑では「無口で動作の遅鈍な人」をいうとある。動作や容貌の似ているハゼ科のドンコやカジカ科のカジカなど、マハゼやヨシノボリなど小型のハゼ科の魚たち、さらに小型の低棲性の川魚(カマツカ、ギギなどにも「カジカ」や「ハゼ」の同名異称の方言と共有する名称が多い)たちには、種を分かつ分類の生物学の世界では通用はしないけれども、人々の暮らしや信仰、子供の遊びをとおして、ひとくくりに同名にしてしまうもうひとつの魚の命名の仕方があるようなのだ。
地方方言の非常に多いこうしたハゼやカジカ、ドンコの類の共通の名前を持つ魚たちを、いっぱひとからげにして「雑魚(ざこ)」と呼ぼう。南方熊楠が、「ドンコの類魚方言に関する薮君の疑問に問う」という小文のなかで、地方名が同名ゆえに同類に分類した魚類学者の混乱ぶりを嘆いている。南方は、生物学上の分類のためには、人と魚の触れ合いから生じて同名にくくった世界の理解をも必要とするというようなことをいいたかったのかもしれない。こんな魚の理解の仕方を「ザッコロジー」とでも呼ぼうか。
リバーブルヘッドは、イギリスでカジカのことだが、「川牛頭」、これも干支の魚名に加えてもいいようである。
注記:だいぶ前に、名前を忘れたPR雑誌に投稿をした原稿に若干手を入れて再録する。ほとんど未発表の文章と同じなので、2009年の年頭サカナエッセイとして載せておくことにしよう。それにしても、もう干支を一巡してしまったことになる。
注:画像は「訓蒙図彙」巻之十四、龍魚より
(C)MANA・なかじまみつる(中島 満)
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